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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)101号 判決

原告 株式会社 東栄

被告 特許庁長官

主文

特許庁が、昭和四十八年四月二十四日、同庁昭和四〇年審判第一、七五四号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求は、棄却する。」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

(審決の成立―特許庁における手続の経緯)

一  原告は、名称を「牛乳等の液体容器」とする考案につき、昭和三十七年九月二十七日実用新案登録出願をしたが、昭和四十年二月五日拒絶査定を受けたので、同年四月五日審判の請求をしたところ、特許庁は、これを同年審判第一、七五四号事件として審理し、昭和四十八年四月二十四日「本件審判の請求は、成り立たない。」との主文第一項掲記の審決をし、その謄本は、同年七月十四日原告に送達された。

(考案の要旨)

二  本願考案の要旨は、次のとおりである。

内面には比較的低温で溶ける合成樹脂1aを塗布し、外面には比較的高い温度で溶ける合成樹脂1bを塗布した紙にて製作された有底四角形函1の上端開口部の一方の対向せる二辺部2・2′を接着に便なるように他方の対向せる二辺部3・3′よりhだけ高く延して横折目10の上方部に連設し、函体1に隅角縁5・6・7・8をもうけ、これを結ぶ横折目10をもうけ、開口縁と横折目10との中間に隅角縁5・6・7・8を結ぶ横折目9を10に平行につけ、二辺部3・3′の上縁部の中央位置よりそれぞれ横折目9まで縦折目4・4′を対称的に付け、横折目9と縦折目4・4′の接点a・a′より横折目10と隅角縁5・6・7・8の交点b・b′・b″・b′′′を結ぶ斜め折目11・11′・12・12′をつけて縦折目4・4′及び斜め折目11・11′・12・12′を函体1の内方に折曲げ、横折目9の上部の二辺部2・2′の内部に二辺部3・3′が挾持されている摘片1′を形成し、摘片1′が熱接着されるように構成してなる牛乳等の液体容器。(別紙第1ないし3図参照)

(審決の理由の要点)

三  そして、右審決は、次のように要約される理由を示している。

本願考案の要旨は、前項のとおりである。

ところが、本願出願前公知の昭和三七年実用新案出願公告第一〇、七八九号公報(以下、「第一引用例」という。)には、「有底四角形函の上端開口部の一方の対向せる二辺部を、他方の対向せる二辺部より高く延するとともに函体の隅角縁を結ぶ上下二本の横折目を開口縁と平行にもうけ、かつ、前記の他方の二辺部の開口縁の中央位置より縦折目をもうけ、上方の横折目と該縦折目の接点より下方の横折目と隅角縁に斜め折目をもうけ、縦折目及び斜折目を函体の内方に折曲げ、この部分が上方の横折目の上方内部に挾持されるようにして摘片を形成し、この摘片が熱接着されるようにした牛乳等の液体容器」が記載され、昭和三六年実用新案出願公告第八、四七六号公報(以下、「第二引用例」という。)には、「紙の両面に塩化ビニール・塩化ビニリテン・ポリエステル等の熱可塑性合成樹脂層を加熱接着する」技術が記載され、また、昭和三七年実用新案出願公告第一六、七九八号公報(以下、「第三引用例」という。)には、「内面に高圧法ポリエチレンを用い、その外側に中圧法又は低圧法ポリエチレンを用いた、内・外面に溶解温度差のある包装体」が記載されているので、本願考案を、先ず第一引用例記載のものと対比すると、有底四角形函の上端開口部の一方の対向せる二辺部を他方の対向せる二辺部より高く延すとともに、函体の隅角縁を結ぶ上下二本の横折目を開口縁と平行にもうけ、かつ、前記の低い方の二辺部の開口縁の中央位置より上方の横折目までに縦折目をその上方の横折目と縦折目の接点より下方の横折目と隅角縁に斜め折目をもうけ、縦折目及び斜折目を函体の内方に折曲げ、この部分が上方の横折目の上方内部に挾持されるようにして摘片を形成し、この摘片が熱接着されるようにした牛乳等の液体容器の構成において一致し、(1)容器の素材として、第一引用例に記載のものが紙の内外面にワツクスを塗着したものを用いるのに対し、本願考案が紙の全面に比較的低温で溶ける合成樹脂を、外面に比較的高温で溶ける合成樹脂を塗布したものを用いる点、(2)仕上りの状態について、第一引用例に記載のものが開蓋するとき切取蓋を切取る点列線が頂部に表出しているのに対し、本願考案が開口部上縁を形成する二辺部が一方の対向せる二辺部の上縁部の下方に合掌状となつて密着して完全に被覆された形で挾持される点で相違するが、右相違点の(1)については、容器において紙の両面に合成樹脂層をもうけることは第二引用例に、また、内面に比較的低温で溶ける合成樹脂層を、外面に比較的高温で溶ける合成樹脂層をもうけることは第三引用例に、それぞれ記載され、これらに記載のものは本願考案と同じ技術分野に属するところ、第二、第三引用例はいずれも本願出願前すでに公知の刊行物であるから、本願考案のように合成樹脂の塗布を、第一引用例に記載のものにおけるワツクスの塗着に代えて施すことは、必要に応じ当業技術者の極めて容易にできる程度のことであり、また、右相違点の(2)については、本願考案が開口部上縁を完全に被覆し、衛生的であるという作用効果を奏するにしても、その構成は、この種の液体容器において、例えばフランス特許第一、二四九、二三二号公報(昭和三十六年五月二十五日特許庁資料館受入)に記載されているように、極めて普通に知られている技術であつて、特別の考案をしたものとは認められない。さりとて、本願考案に第一ないし第三引用例記載の技術内容及び右のような周知技術から当然に予測される範囲を超える作用効果が伴うものでもないので、本願考案は格別の考案力を要したものとすることはできず、むしろ、これら引用例記載の技術及び周知技術に基づき、当業技術者が極めて容易にできる程度のものであるから、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない。

(審決の取消事由)

四  しかしながら、右審決が本願考案において、容器の開口部上縁を形成する二辺部が一方の対向せる二辺部の上縁部の下方に合掌状となつて密着して完全に被覆された形で挾持されるという構成(第一引用例との相違点(2))をもつて周知技術に属すると認定したのは、誤りであつて、これに基づき本願考案の登録を拒絶すべきものとした右審決は違法であるから、取消さるべきである。もつとも、右審決において、右構成が周知技術たることの例示として挙げているフランス特許公報及び被告主張の米国特許公報に開示されている技術内容が、本願考案の右構成と同一であることは認めるが、右両公報の存在だけでは、右構成をもつて直ちに周知技術であるとすることはできない。けだし、周知技術とは、それに関する相当多数の公知文献が存在し又は業界によく知られ、もしくはよく用いられている技術をいうが、本願考案の右の点の構成に関しては、右両公報のほかに、公知文献はなく、また当該技術分野において一般的に知れわたつていた事実もないからである。なお、原告ほか二名がエク・セル・コーポレーシヨンの別件実用新案登録出願に対し登録異議を申立て、これを理由づけるため、右フランス特許公報を引用したという被告主張の事実は認めるが、右事実からは右公報が本願出願当時公知であつたといえるだけであつて、これに記載の技術が既に周知技術に属するにいたつていたといえるものではない。

第三答弁

被告指定代理人は、請求の原因につき、次のとおり述べた。

一  原告主張事実中、本願考案につき、出願から審決の成立、その謄本送達にいたる特許庁における手続の経緯、その考案の要旨及び審決の理由の要点に関する事実は認める。

二  しかし、右審決が、本願考案の第一引用例と相違する容器の仕上り状態に関する構成(原告主張の相違点(2))を周知技術に属するとした認定は正当であつて、右審決には違法がない。すなわち、本願考案の牛乳等の液体容器における右構成は、本件審決の挙げるフランス特許公報のほか、米国特許第三、〇〇二、三二八号公報(一、九六一年((昭和三十六年))十月三日特許。昭和三十七年一月二十九日特許庁資料館受入)に開示され、本願出願日(昭和三十七年九月二十七日)以前に長日にわたり不特定、多数人が知り得る状態に置かれたうえ、顕著な作用効果が伴うことにより、パツケージングの技術分野における商品を個別に大量かつ機能的に包装するという要請をみたすものがあると同時に、図面だけから当業技術者が容易に理解することができる程度のものであるため短期間に当該技術分野に知れわたつた。その証拠には、原告ほか二名は、エク・セル・コーポレーシヨンの別件実用新案登録出願に対し、登録異議を申立て、これを理由づけるため右フランス特許公報を引用している。したがつて、本願考案の右構成は、その出願当時、すでに周知技術であつたというべきである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  前掲請求の原因のうち、本願実用新案につき、出願から審決の成立、その謄本の送達にいたる特許庁における手続の経緯、その考案の要旨及び審決の理由の要点に関する事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本願考案において、第一引用例と相違して採用された液体容器の開口部上縁を形成する二辺部が一方の対向せる二辺部の上縁部の下方に合掌状となつて密着して完全に被覆された形で挾持される構成が、右審決認定のように周知技術に属するかどうかについて考察すると、本願考案の技術構成が周知技術たることを示すものとして右審決の挙げるフランス特許第一、二四九、二三二号公報及び被告の挙げる米国特許第三、〇〇二、三二八号公報が本願出願前、特許庁資料館に受入れられた公知の文献であり、これに開示されている技術が本願考案の右構成と同一であることは原告の認めて争わないところであるが、周知技術というのは、その技術分野において、一般的に知られている技術であつて、例えば、これに関し相当多数の公知文献が存在し、又は、業界に知れわたり、もしくは、よく用いられていることを要すると解するのが相当であるから、右各公報がいずれも特許庁資料館に受入れられた外国文献であることを考慮に入れると、本願出願前、わが国において、その存在もしくは内容が、例えば刊行物によつて業界に紹介され、又は、業界においてその技術に基づき液体容器の形状等が構成された例があるなど一般的に知れわたつたことを窺わせる特段の事情を認めることができない本件においては、本願考案の右構成と同一の技術を記載した右両公報がたまたま存在することだけで、直ちに本願考案の右構成をもつて周知技術であると認めることはできない。

被告は、右両公報に開示された本願考案と同一構成の技術は、作用効果が顕著であることにより、パツケージングの技術分野における要請をみたすものがあると同時に、当業者が容易に理解し得る程度のものであるため、短期間に当該技術分野に知れわたつた旨を主張するが、右技術がさような特徴を備えているからといつて、それだけで、短期間に当該技術分野に知れわたつたと推認すべき筋合いはない。この点につき、被告は、原告ほか二名が別件実用新案登録出願に対する登録異議を申立て、これを理由づけるため、右フランス特許公報を引用した事実があるのが証拠である旨を主張するが、成立に争いのない乙第一、二号証の各一ないし三によれば、原告のほか二名の右登録異議の申立は、いずれも、右フランス特許公報を援用してはいても、本願出願日より遙かに遅れた昭和四十六年四月十三日以降の日付の書面をもつてなされ、同月十五日以降特許庁に受付けられたことが認められるから、右登録異議の申立の理由づけに右フランス特許公報が援用された事実から、これに開示の技術が本願出願当時、当業技術者に知られていたと認められないことは明らかである。そして、他に、本願考案の右構成が、その出願当時、液体容器の技術分野において、一般的に知られていた技術であると認むべき証拠はない。

してみると、本願考案の右構成が本願出願前、極めて普通に知られた技術、すなわち、周知技術であるとした本件審決の認定は誤りであつて、これに基づき、本願考案の登録を拒絶すべきものとした右審決は違法であるといわざるをえない。

三  よつて、本件審決に右のような違法のあることを理由に、その取消を求める原告の本訴請求を正当として、認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎 中川哲男 秋吉稔弘)

第1図

第2図

第3図

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